リヴァックスコラム

第8回 排水について

長岡 文明氏

今回は珍しい事案を紹介しましょう。

この事案、「廃棄物処理法違反」と書かれていますが、廃棄物処理法の何条、具体的にはどのような違反なのでしょうか? おそらく、「廃棄物処理法違反」とすれば、それは第16条違反、不法投棄しか考えられません。

読者の皆さんの中には、工場に勤務されて排水の管理をなさっている方もいらっしゃって、「排水」が身近な方もいるでしょう。また、下水道が普及していない地域では、浄化槽法による浄化槽をお使いの方もいらっしゃると思います。 都市部に暮らしていて、水質汚濁防止法や浄化槽法にあまり馴染みのない方でも、廃棄物処理法をある程度勉強した方は、次のような疑問を持ったことはありませんか?

「排水といえども廃棄物ではないか?20種類の産業廃棄物の中には廃酸、廃アルカリというものもある。では、工場や事業所から出て行く排水は、廃棄物であり、それを川に流すことは、廃酸や廃アルカリの不法投棄にはならないのか?」 現に、この事案では法律上は浄化槽法の浄化槽である「農業集落排水処理施設」からの排水で、廃棄物処理法違反で送検された、とありますよね?

では、なぜ、皆さんの工場や事業所の排水には廃棄物処理法が適用されないのでしょうか? 実は、法律には「特別法」と「一般法」という概念、考え方があるのです。 この特別法と一般法というのは、普通の状態に於いて、広く世の中に適用されるのが、一般法。特別な状況の時にのみ適用されるのが特別法という考え方で、「特別法は一般法に優先する」という不文律が法律にはあるようです。 法律学の分野では、「商法は民法の特別法であり、宅建業法は商法の特別法である」のように言うらしいです。 わかりにくいですよね。厳密に言うと正しくないのかもしれませんが、いくつか例を示しましょう。

たとえば、刃物で人を切ったら、刑法の傷害罪で捕まりますよね。ところが、毎日、刃物で人を切っている人が居る。そう、外科医がそうですね。手術の時は医師は人を刃物で切り裂きます。しかし、傷害罪で捕まりませんね。これは、手術という特別な状況においては、医師法は刑法の特別法の位置にあり、刑法が適用されない訳です。

廃棄物処理法の分野でも一つ例を出しましょう。 時折、鳥インフルエンザが発生してしまい、その養鶏場では、鶏を殺処分し、鶏の死骸を養鶏場の脇の空き地でボウボウと黒煙を出しながら「野焼き」している映像を見たことはないですか?または、養鶏場内に穴を掘り、鶏の死骸を埋めている映像を見たことはありませんか? このコラムの読者の皆さんならお分かりかと思いますが、養鶏という畜産農業から排出される鶏の死骸は産業廃棄物です。 そして、産業廃棄物であるなら、焼却するなら焼却炉、埋め立てするなら最終処分場でなければ、16条の2(野焼き禁止条項)や16条(不法投棄禁止条項)違反となってしまうはずですよね。なぜ、鳥インフルエンザの鳥の死骸に関しては、野焼きをしたり、最終処分場以外に埋めても廃棄物処理法違反にならないのでしょうか。

実は、日本には「家畜伝染病予防法」という法律があります。この家畜伝染病予防法では、伝染病が拡大することを防止するために、「患畜(病気になった家畜)の移動禁止、その場での焼却、埋却」が義務付けられているのです。 こうなると、廃棄物処理法の「焼却するなら正規の焼却施設」、「埋め立てするなら正規の最終処分場」という規定と真っ向からぶつかってしまうわけです。あちらを立てればこちらが立たずってことですね。 そこで、廃棄物の処理に関しては、廃棄物処理法は一般法であるが、こと伝染病に罹ってしまった患畜に関しては、廃棄物ではあるが一般法の廃棄物処理法は適用せずに、特別法の家畜伝染病予防法を適用する。よって、廃棄物処理法違反にはならない、と、このように運用しているんですね。

話を元に戻しましょう。 「排水」については、廃棄物処理法がスターとした当初、昭和四六年一○月二五日の通知に次の一文があるんです。 「廃棄物処理法は、固形状及び液状の全廃棄物(放射能を有する物を除く。)についての一般法となるので、特別法の立場にある法律(たとえば、鉱山保安法、下水道法、水質汚濁防止法)により規制される廃棄物にあっては、廃棄物処理法によらず、特別法の規定によって措置されるものであること。」

この通知以降に成立した浄化槽法も同様に考えられるでしょう。 よって、通常であれば、「排水」であれば、廃棄物処理法は適用されず、水質汚濁防止法や浄化槽法が適用される、すなわち、廃棄物処理法の一条文である不法投棄罪は適用されないのが普通です。 しかし、法律の専門家が執筆したいくつかの本では、「排水とは合法的な放流管渠を使用して公共河川に放流するもの」「排水基準を大きく上回る固形分や油分を含むような場合は排水とは言えない」との見解もあります。 したがって、放流管渠を使用せずに、タンクやバケツに汲んで、川に捨てた場合や、「水」と思えないレベルに固形物が混入しているようなケースでは不法投棄罪は成立する、ということになる訳です。

今回の事案は、「普段は使用しない管渠」という点と「汚泥とは完全に分離されていない」という点に着目して、警察は廃棄物処理法を適用し、検挙したものと思われます。 排水管理に従事している方は、排水基準を遵守することは当然の話ながら、万一、基準を遵守できないような高濃度の「廃液」が出た場合は、排水処理施設に流すことはせずに、産業廃棄物として専門の業者に委託処理することをお勧めしておきます。

BUN(長岡)<(_ _)>(^-^)/

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